マウベシウォーキング 2012.06

蒸留酒を造ろう

1年前、私達AFMETの事務所に、東ティモールの西側アイナロ県マウベシ郡からお客様が来ました。NGO PARCICが支援するコーヒーグループ、女性グループと日本人スタッフの智美さん。目的は、トゥアサブ(ヤシの蒸留酒)の作り方を習うこと。

マウベシでは、どぶろく状のヤシ酒は沢山あるけれど、それを蒸留する技術がまだなく、ロスパロスで蒸留技術を学ぶために遠くから来たのです。

先生になったのはAFMETの近くに住むニコラウさん。彼の蒸留所でトレーニングをし、西マウベシと東ロスパロスの交流。良い時間を共有したのです。

PARCICさんの事務所へ

それから1年、今年6月にいよいよ蒸留器をマウベシでも立ち上げるということで、今度は私達がマウベシに行くことになりました。AFMET日本人スタッフのゆいと私、ローカルスタッフのアジェさん・ジョゼさん、そして、蒸留釜立ち上げのための先生=セルジオさん。みんな初めてのマウベシ。どんな所なのか、どんな人達がいるのか、うきうきしながら出かけました。

私達の地ロスパロスは広大な平地。山間部のマウベシに行ってみて、山道、山の天気はやっぱり厳しいと実感。くねくね道に車酔いし、やっと着いたら・・・
「さむーい!!!」。

PARCICさんの事務所の周りは霧に囲まれて回りは見渡せませんでした。それでも気合入れて、水浴び。寒いのに、水も冷たく、想像しただけでは「とても水浴びなんか・・・」と思われるでしょうが、しかし、寒ければ寒いほど、水が冷たいほど、浴びると体から一気に熱が出て温かくなるのです。

美味しい夕食と、特産のあったかいコーヒーをいただき、毛布にくるまって一日目が終了しました。
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一面の霧

さぁ、プロジェクトサイトへ・・・!

トレーニング当日、天候は霧。朝から寒く、またまたコーヒーで暖をとります。
ロスパロスでは滅多にありませんが、白い息がでました。私達日本人は寒さに慣れているけれど、うちのローカルスタッフ大丈夫かなぁ?とちょっと心配していましたが、皆寒いとはいいつつも楽しんでいる様子で一安心。さぁ、プロジェクトサイトへ・・・!

1時間ほど車を走らせた所で、
「トラックが崖から落ちかかっていてこの先は通れないよ!」と歩いてきた人達が教えてくれました。

仕方なく、別のルートで行こうと引き返し、またしばらく行ったところで雨にぬれた地面が泥状化し、四駆のトラックがうなってもどうしても先に進めない状態に・・・。

とにかく、泥にはまった車を引っ張って救出し私達はそこから歩くことになりました。
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歩きだしはまだ元気ー!

こんなことを想像もしていなかった私たちは、防寒具はあるものの、足にはおきまりのビーチサンダル。寒いだろうと思って持ってきた靴も、この泥の中では無力でした。そんな中、栄光に輝いたのはナガグツさま!土地勘のあるスタッフさん達は準備万端。私達は完敗です(笑)石があるところはまだ良いものの、泥になるともうビーサンをはいているとかえって歩きにくく、はだしで歩きました。雨で倍増した寒さ。足の先は感覚が無くなるほど冷え切っていましたが、とにかく歩くしかありません。大きな登山用リュックをしょって必死で歩きました。
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足は泥にうまります・・・

「おねえさん、その荷物持ってあげるから!」途中まで迎えに来てくれた彼は、以前ロスパロスに来たコーヒーグループメンバーのルイスさん。
「うん、でも、大丈夫。」私は、自分の体力を試そうと思い意地を張っていました。ごつごつ石の上り坂が終わり、下りに入ると草の下に隠れた泥であっけなくすべって尻もち・・・。
「おねえさん、荷物、ちょうだい!」
「いや、待って。まだ大丈夫!」・・・と、強情な私も3回転び、
「私が転んでいるのはリュックのせいではないー!」と心で悔し涙を流しながらルイスにリュックを持ってもらうことになりました。

悔しいことですが、その後私が転ぶことはありませんでした。こんな道でもひょいひょいと歩くローカルスタッフ。足元のおぼつかない私達は常に彼らに手とり足とり支えられていました。荷物が軽くなったぶん、人に迷惑をかけているのに、
「あとどれくらい?」
「もう少しだよ!」
「もーー嘘つかないで!さっきももうすぐって言ったじゃん!!」と無礼極まりない発言をしながら、3時間。ついに私達は目的地のハヒタリ村にたどり着きました。
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コーヒーと一緒にふるまわれた、
サツマイモ、バナナ、そして野性の豆。
この豆は、とっても苦く
10回くらいお湯を変えながら煮て
初めて食べられる、
手のかかる食べ物なんだそう!。

昼を食べずに歩き続け、時刻は3時半になっていました。感覚のない足、濡れて冷え切った体。椅子に座り、温かくて甘いコーヒーと茹でたばかりのサツマイモ、塩味の聞いた豆のなんと有難いことでしょう!!霧に囲まれた家でみんなで話しながら、まだまだ元気なティモール人達。本当に強い!すごい!でも、私たちもよく頑張ったと思わない?少しは、日本人のこと見直した・・・?
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火のそばにたむろす私たち。
火のありがたみを実感

1時間ほど休み、さっそく蒸留釜を立ち上げる場所へ。ロスパロスから来たセルジオ先生は、
「暗くなるまで、なるべく先に進めておこう!」と石を積んでかまどを作り始めました。先生のやる気に押され、私達もかまど作りを手伝いました。日が暮れて真っ暗。霧も手伝ってますます暗い夜。今日は、ぐっすり眠れそうだよねー。ゆい、智美さん、そして私の3人は、1つのベッドでそれぞれ寝袋に入って寝ました。

かまど作り

次の日、頼むから晴れてくれ!との願いもむなしく、ハヒタリ村は朝からしとしと雨。霧も相変わらず視界を遮っていました。それでも寝て体力回復した私達は、張り切って蒸留釜作りを開始!家から一歩出ればもうそこは泥沼。いくら足を洗っても、手を洗ってもきりがありません。もうこうなったら、泥で遊ぼうー!と、かまど作りに励むみんなを横目に泥団子を作って遊ぶ私達・・・。
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真剣な先生の横で泥遊び(笑)1
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真剣な先生の横で泥遊び(笑)2

と言う間に、かまどはどんどん作られてゆきます。
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張り切ってかまどを作る先生

土鍋を2つ組み合わせて、上に穴をあけ、竹をくっつけます。どぶろくを熱すると、蒸気は竹を通って蒸留酒となって落ちてくるしくみ。穴をふさぐ糊の役目をするものも、すべてその土地のもので作られている素晴らしい装置です。鉈ひとつを手になんでも器用に作りだすティモール人のソコヂカラ!あらためて、彼らのすごさを感じました。
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蒸留釜を立ち上げる位置を確認中

祈り:リアナイン

ついに蒸留釜は出来上がり、あとは火を起こしていよいよ蒸留。

と、その前にどこからか2人のおじいさんが現れました。どうやらリアナイン。

リアナインとは、言葉の主(ぬし)の意。彼らは、伝統儀式の際に語り部となる、先祖の魂や土地の神に語りかける特別な言葉を知っている人達です。

新しいかまどに火をつける前に、儀式が始まりました。地元の言葉マンバエ語で、神に感謝の言葉を捧げます。ニワトリを1羽殺し、その血をかまどの周りに撒きながら祈りの言葉を唱えつづけ、このかまどから作りだされる産物、つまりはヤシ酒がこの先も成功するように祈るのです。ロスパロスからやってきた技術の伝授。今までこの土地になかったものを土地の神様が受け入れ、守ってくれるように・・・。

古い伝統の儀式に、心が洗われるような思いでした。

試運転

さぁ、いよいよ蒸留開始!湿った気候のせいで多少時間がかかったものの、熱は土鍋に、そして竹に伝わって行き、ポタッ、ポタッ・・・と竹の先からお酒が出てきました。
「おー!!落ちた!出てきた!!」みんながこぞって集まります。モワーっとヤシ酒独特の香りがして、少しずつ、少しずつお酒が落ちていきます。少し溜まってきたところで、ちょっとトライしてみよう、と、みんな少しずつ出来たてのお酒を口にしました。カーッと熱い酒が口に広がり、胸を通りぬけていくのが分かります。
「うん、ちゃんと出来てる。いいのが出来ているよ!」先生のセルジオさんも嬉しそうでした。

セルジオさんは、小学生の時からお父さんの蒸留技術を受け継いできた、学校には行かずにお酒を作り続けてきたのだそうです。22歳にして持っている技術はプロ。昨年お父さんが亡くなり、一緒にマウベシに行って欲しいとお願いに行った時には
「去年父が死んでから、お酒作りを休んでるんだ。」と言って解体してしまった蒸留釜を見せてくれた彼。今、久しぶりに自分で作ったかまどを満足げに見つめます。
「うまくいったよ。良かった!」と笑顔。ふと彼が自分の手を見つめ、
「父はこの手に、生きているんだ・・・」と言い、そこにいた私達の涙腺を緩めました。私は泣きそうになってしまって焦り、
「ねー!ホントに良かったね!ハッハッハ!」とおどけてしまい、のちのち後悔したのでした。

別れの時

竹、土鍋など全てのものが新しい為、1回目の蒸留で出来たお酒はちょっと竹の青臭さが残りました。でも、2回、3回ってやっていけば、もっともっと強くていいお酒ができるよ、と先生のお墨付き。グループの若者、おじさん、リアナインのおじいさんたち、みんなみんな、とっても嬉しそうでした!みんなでコップ1ずつお酒を飲み、喜びもつかの間・・・

私達は、帰る支度をしなくてはなりません。時刻は5時半。日が暮れる前に、また山道を歩いて戻らなくてはなりません。
「じゃあ、成功を祈っています!」
「本当にありがとう!これ、ちょっとしたものだけど、お土産です。」いまがちょうど季節のお豆。ハヒタリ村の人達は、袋いっぱい詰まったお豆を私達一人ひとりにくれました。

さて、帰りはどうなるかな?ここからまたかなり歩くとのことだが・・・。
よいしょっとリュックサックをしょって外に出た私に、
「おねえさん、荷物持ってあげるよ。」と行きにお世話になったルイスさん。
「え、いいよー!」と言おうとしましたが、行きの経験が思い起こされ・・・
「ほんと?ありがとう!」と今回は素直に荷物を彼に託しました。また足でまといになっても迷惑だしね・・・。
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帰りも険しい道のり・・・
(はだしです。)

行きよりは楽だから、と言われた帰り道でしたが、私達にしてみれば違いはどこに?ドロドロの泥に埋もれたごつごつの石の上を、またもやはだしで歩きました。
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道端でイチゴ発見!
おぉ!
ティモールでイチゴ狩り出来るとは!
と、
へとへとなのに、
わざわざ藪に入って取りに行ってしまう(笑)

山を登り、下り、膝までつかる川を渡り、歩くこと2時間。迎えに来てくれていた車に乗った時には、ジワーっと疲れが体にしみました。長い、泥の上り坂をウィーンとうなりをあげて登っていく車。
「車を開発してくれた人、本当にありがとう!」
「あはは、ホントだよね。そして、運転手さんの素晴らしい運転テクにもありがとう!スゴイよね。私だったら、もうとっくに泥にハマってる。」

PARCICの事務所に付いたのは夜9時近くでした。泥まみれになった足を洗い、きれいなズボンにはきかえて、ご飯をいただきました。
「はぁー・・・生き返る。」あったかいご飯と寝る前に1杯のコーヒー。過激だけど、楽しい2日間だったな。新しい体験と、新しい出会い。この先きっと、ずっと語り続けれられることでしょう。あんなに辛かったのに、終わってみると楽しい思い出ばかりが残るって、本当に人間て不思議です。

決意

次の日、PARCICさんの活動を見学し、ディリに降りました。ディリは夜なのにムッと暑く、あのマウベシの寒さが恋しくなってしまうほど。そして次の日、いよいよロスパロスへ。バウカウ県との県境を越え、ラウテン県に入り、
「さぁ、私達の家に帰ってきたね!ただいま!本当に、お疲れ様!」ロスパロスの広大な海に沈む夕日と、どこまでも続きそうな平野が、私達を迎えてくれました。ハヒタリ村は、今日も霧に囲まれているのかな・・・。突然、セルジオ先生が
「ちょっと、いいかな。」と、車から降りて木の皮を切りだしました。今回のトレーニングで、彼はもう一度蒸留を始めようと決めたようです。木の皮は、蒸留の際に土鍋の中に入れてお酒の質を良くするための薬。色々な種類があり、酒に香りをつけたり、強くしたりするものがあるのです。
「これだよ!でも、マウベシでは見なかったから、手に入らないかもしれない。ロスパロスには沢山あるんだ!」彼はとった木の皮を一つ渡しながら、
「ハヒタリの人達にも説明したんだけど、これ一応サンプルとして持っていってあげて。向こうにもあるといいけど。僕も、またこれを使って蒸留をするよ。」AFMETまで最後の坂を上り、ようやく到着。車から荷物をおろして一人ひとりを家まで送ります。
「先生の酒、出来たら持ってきてよねー。」スタッフの話によると、彼のヤシ酒は人気があったそう。お父さんが亡くなった悲しみを、顔には出さないけど心に抱えてたのでしょうか・・・?今回のマウベシへの旅を通して、彼の心の変化が見れたような気がします。それも、とても嬉しいことでした。

「うちの姉さんたちも、なかなかやるよね!見直したよ!」スタッフのジュゼさんが笑いながら言いました。
「でしょっ!私も、自分にちょっと自信ついた。意外と歩けるものだね、ま、周りに迷惑はかけたけど(笑)こっちでも、長距離ためしてみたいなぁ。」
マウベシは、私達の絆も強めてくれた気がします。普段見せない力を見たり、普段はしない会話をしたり。みんなで一緒に、大変な思いをして、助けあって、喜びを分かち合ったマウベシウォーキング。私の一生の思い出です。
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みんな本当に頼りになる!
ありがとう!

【 筆者紹介 : 渡邊さん 】
渡邊さんは、特定非営利活動法人 東ティモール医療の会(AFMET)の目ぢからいっぱい、まんまる瞳の看護師さん。2008年から東部のロスパロスにて住民の皆さんに自らの健康は自ら守るため、また、医療サービスから遠い村で保健ボランティアを育成し、彼らを中心に村の中での健康や衛生に関する教育などの普及に努めています。